
japanlingva resumo
Zhu En
20世紀における中国最大の作家の一人で、高名なエスペランティストであった巴金は、2005年10月17日にこの世を去った。
巴金は1920年代からエスペラント運動に参加し、E.アミーチス、A.トルストイ、秋田雨雀の作品をエスペラントから中国語に翻訳した。1932年にはユリオ・バギーのエスペラント原作小説Printempo en aŭtunoを中国語に訳した。バギーのこの作品にヒントを得て巴金が著したのが『春天里的秋天』であり、これは1980年にエスペラント訳が出版されている。また、エスペラントに翻訳された巴金の作品としては、このほかに『家』『寒夜』がある。
本講演では、次の3点について述べたい。
・巴金のエスペラント学習について
・巴金におけるエスペラント思想、エスペランティスト、エスペラント運動の影響
・エスペラント運動に対する貢献
1980年に巴金は第65回世界エスペラント大会に参加するため、ストックホルムへ赴いた。中国でもスウェーデンでも巴金に近い人々は一様に驚いた。巴金はこう語っている。「旅行の前には、高齢なのだからそのような大会への参加は思いとどまるようにと忠告を受けた。そのように言う人は、わたしがエスペラントに対してずっと関心を寄せてきたことを知らないのである。大会に参加してわたしのエスペラントへの確信はさらに強まった。エスペラントは必ず人類の共通語になるであろう」。
ストックホルムで巴金はスウェーデン人の友人に語った。「エスペラントは急速に普及していくだろう。しかしエスペラントは共通の補助語として機能するのであり、民族語を押しのけはしない…もし万人がエスペラントを身に付けるとすれば、世界はまったく違ったものになるはずである」。
1981年、巴金は世界エスペラント協会の名誉顧問委員に選出された。また巴金は1986年と2004年に北京で開催された世界エスペラント大会の顧問委員会の一員であった。
生涯を通して、巴金はエスペラントを愛し、そのために戦った。巴金は身をもってエスペラントの思想を体現していたのである。